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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)4602号 判決 1965年1月30日

原告 浅野商事株式会社

右代表者代表取締役 浅野善三郎

右訴訟代理人弁護士 綿引光義

被告 定清卓三

右訴訟代理人弁護士 栗田盛而

主文

被告は、別紙物件目録記載の不動産について、いずれも東京法務局江戸川出張所昭和三九年四月二七日受付第一一、三五三号の所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主位的及び予備的に、主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

一、原告と訴外共立事務機株式会社(以下、訴外会社と云う)とは、いずれも複写機及び同消耗品その他事務用諸品の販売を目的とする会社であるところ、原告は訴外会社に対して、昭和三九年二月一八日から同年三月一二日までの間に、複写機及び同消耗品一、〇七九、〇〇九円相当を、代金は毎月二〇日締切、月末払の約で売渡した。

二、しかして、訴外会社は、その所有にかかる別紙物件目録記載の不動産(以下、本件不動産と云う)について、その頃同会社の代表取締役であった被告のために昭和三九年三月二五日付売買を原因とする東京法務局江戸川出張所同年四月二七日受付第一一、三五三号の各所有権移転登記を経由した。

三、しかしながら、右売買契約は訴外会社が原告に対する前記債務についての強制執行を免れるため被告と相謀ってなした虚偽の意思表示に基くもので、無効と云うべきである。

仮に、以上の無効事由が認められないとしても、右売買契約は、本件不動産が当時訴外会社の唯一の資産であり、これを失えば原告その他の債権者の債権充足の道が全くなくなるにも拘らず、これを熟知しながら訴外会社が被告と締結したものであり、いわゆる詐害行為に該る。

四、よって、原告は被告に対し、主位的に前記債権を保全するため訴外会社に代位して本件不動産について通謀虚偽表示に基く無効な売買契約を原因とする前記各所有権取得登記の抹消登記手続を求め、なお予備的に訴外会社の債権者として本訴において詐害行為に該る売買契約を取消して、同様に各所有権取得登記の抹消登記手続を求める。

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因第一、二項の事実(ただし、第一項のうち代金支払に関する約定を除く)及び同第三項のうち本件不動産が当時訴外会社の唯一の資産であった事実は認めるが、その余は否認する。

二、被告は、さきに訴外河田太郎から本件不動産を買受けてその所有権を取得したが、その後、昭和三九年二月一九日訴外会社に対し、これを代金三二〇万円、同年三月から八月まで毎月二五日限り五〇万円づつ、同年一〇月二五日二〇万円割賦支払う約で売渡し、登記簿上は中間登記を省略して西田から訴外会社に移転の登記を経由した。ところが、訴外会社は右代金を期日に支払わなかったので、被告は訴外会社と合意の上、同年三月二五日本件不動産の売買契約を解除し、ただ登記簿上においては、同日これを訴外会社が被告に売渡した形式をとって前記のような各所有権移転登記を了したものである。

と述べた。

証拠 ≪省略≫

理由

一、原告及び訴外会社は、いずれも複写機、同消耗品などの販売を目的とする会社であること並びに原告が訴外会社に対して昭和三九年二月一八日から同年三月一二日までの間に右複写機、同消耗品一、〇七九、〇〇九円相当を売渡したことは、当事者間に争いがない。

そして、≪証拠省略≫によれば、原告の訴外会社に対する代金債権は、遅くとも同年四月一五日にはすべて弁済期の到来していることが認められ、右認定を妨げる証拠はない。

二、しかして、訴外会社がその所有にかかる本件不動産について、被告のために昭和三九年三月二五日付売買を原因とする東京法務局江戸川出張所同年四月二七日受付第一一、三五三号の各所有権移転登記を経由していることも当事者間に争いがない。

被告は、さきに被告において訴外西田太郎から本件不動産を買受けたが、昭和三九年二月一九日これを訴外会社に代金三二〇万円で売渡したので、中間登記を省略して西田から訴外会社に移転の登記をしたところ、その後訴外会社が代金を支払わないので同年三月二五日この売買契約を合意解除した結果、登記簿上所有名義を被告に回復する方法として叙上のように同日付売買を原因として移転登記を了したものであると主張する。しかしながら、この主張に添う≪証拠省略≫は、後掲証拠に比照してたやすく信用できず、他に被告の主張事実を肯定するに足る証拠はない。却って、≪証拠省略≫によれば、訴外会社は西田太郎から同年二月二四日本件不動産を買受けて翌二五日その旨の各取得登記を経由したものであることが認められる。

そうすると、被告は訴外会社から前記登記原因たる売買に基いて、本件不動産の譲渡を受けたものと解せざるを得ない。

三、そこで進んで、訴外会社、被告間の売買が通謀虚偽表示によるとの原告の主張について考察する。

しかして、右売買の当時、被告が訴外会社の代表取締役であり、また本件不動産が同会社の唯一の資産であったことは、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、≪証拠省略≫並びに弁論の全趣旨を綜合すれば、訴外会社はその頃原告に対する前記債務のほか、他に約二〇〇万円の債務を負担し、これら債務に関する強制執行を免れるために、被告及び取締役肥田晋顯、中本健一らと相謀って、被告に対する売買を仮装し、かつこれが商法第二六五条の規定に該るとして、被告、肥田、中本の構成する取締役会の承認を与える形式をとったことを推認し得るに十分である。被告本人の供述中、この認定に牴触する部分は前掲証拠に対比して措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

四、してみれば、訴外会社、被告間の昭和三九年三月二五日付売買は虚偽の意思表示に基くものとして無効であり、本件不動産の各所有権は依然として訴外会社に属すると云うべく、それにも拘らず訴外会社は被告に対して前記各所有権移転登記の抹消登記を求めず、そうして訴外会社がその後今日に至るまでの間に資産を回復したと認むべき証拠もないから(成立に争いのない乙第六号証によれば、訴外会社は昭和三九年一〇月一六日に塩山市内の山林六町歩を売買により取得していることが窺われるけれども、他方、同号証によれば右山林には株式会社逸見山陽堂のために極度額五〇〇万円の根抵当権設定登記及び同額の債務についての停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記のなされていることが認められるから、右山林取得をもって未だ原告に対する積極的な資産の回復とは見做し難い)、原告は前記債権を保全するため債権者である訴外会社に代位して右各登記の抹消を求め得る筋合である。

もっとも債権者代位権の行使は、債権の保全に必要な範囲に限られるべきであるから、原則として代位権を行使せんとする債権者の債権額をその限度にすると解すべきところ、前顕証人大竹宏の証言に徴すれば、本件不動産の価格は現に少くとも二、〇〇〇、〇〇〇円に及ぶものと認められるから(この点に関する前顕乙第一、三号証の記載、被告本人の供述も信用できない)、前記のように債権額一、〇七九、〇〇九円を有するに過ぎない原告は代位権の行使として右不動産全部についての所有権取得登記の抹消を求め得ないのではないかとも考えられる。しかしながら、弁論の全趣旨に照すとき、本件不動産は土地、建物自体がそれぞれ、それ以上に分割し得ないのみならず、右土地、建物は一体をなし、これらを一括評価して初めて叙上のような価格に達するものと解せられ、他方また、右土地、建物のいずれか一方で前記債権額に及ぶものと認むべき証左もないから、結局原告の代位権行使による登記請求権の対象は本件不動産全部と云わなければならない。

従って、被告に対する原告の主位的請求は理由がある。

五、よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田四郎)

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